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2016年7月13日 (水)

三権分立は実現しているか

天気が思わしくなく、昼も夜も望遠鏡を出す機会がほとんどありません。

そんな昨今ですが、参議院議員選挙が終わり改憲勢力が3分の2を占めたというニュースに、心穏やかならぬものがあります。

恥ずかしながら私は六十を過ぎて初めて日本国憲法を全文読みました。

とても精読したとは言えませんが、それでもよく考えられた素晴らしい内容だと感じましたし、一部の人たちが主張するように他国からの押しつけだったとしても、国家権力による人権侵害を明確に否定し、国民主権を謳うこの憲法は何も色あせることはないと思います。

現行憲法が時代に合わないという意見もあるようですが、この憲法の精神に合わない時代のほうにこそ、むしろ問題があるのではないかと思うのです。

逆に安倍自民党の改憲草案の内容に、前近代的な国家権力臭を感じ、恐ろしいと思いました。

ただ現行憲法にも一点、とても気になるところがあります。司法に関するところで、第六条二項、第七十九条、および第八十条です。

ご存じない方はぜひ読んでいただきたいのですが、ここでは最高裁長官は内閣が指名すること、その他下級裁判所の裁判官に至るまで内閣が任命するとあります。これで立法、行政、司法の三権分立が確保されているのでしょうか.。

政権交代がたびたびおこなわれる状況でなら見過ごせても、特定の政党が長期にわたって政権の座にある状況下で、司法に対し政権寄りの人選がなされることは断じてないと言い切れますか。

最高裁において国にとって不都合な憲法判断を避けたり、あきらかに国(政権)寄りの判断が下される危険はありませんか。

国民が選挙で選んだ内閣が選任するのだから問題ない、と言われればそれまでですが、小選挙区の弊害で多数の死に票が生じているうえ、有権者の約半数が棄権をしている現状では、過半数を制した政権与党と言っても全有権者の3分の1未満の支持を得ているにすぎません。

第七九条二項で、最高裁判所の裁判官は衆議院議員選挙の時に国民の審査を受けると規定していますが、国民審査への関心の薄さに加え、現行の「やめさせたい裁判官の名前に×をつける」では単なる通過儀礼、形式的なものにすぎません。

「信任する裁判官の名前に○をつける」に変えれば、おそらく全員不信任になるでしょう。

憲法改正を掲げるなら、ぜひこの点も熟議してほしいものです。

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コメント

書き込み有難う御座いました。(レスは、当該記事のコメント欄に付けさせて貰いました。)

改憲を声高に主張する人の少なからずは、改憲しなければいけない理由として「押し付けられた憲法だから。」と言う。「100%押し付けられた物では無い。」とは言わないけれど、でも成立に到る過程を見れば、日本人は其れなりに関与していたし、譲れない部分では徹底的に反対し、認めさせた部分も在る。何よりも今は亡き渡辺美智雄氏が口にした様に、「気が進まない女房を、親や周りに押し付けられた。何時か代えよう、何時か代えようと思っている内に、40年も経ってしまった。見直してみると、こんな女房でも良い所は在る。第一、40年大過無く遣って来たし、良い子も作ってくれた。何よりも40年間に自分も馴染んでしまった。昔、代えようと思っていた気持ちも、段々変わって来る。」という考え方が、自分にはしっくり来る。「100%自分達が作った物でも、悪い物は在る。逆に押し付けられた物で在っても、良い物も在る。」と。

自分のブログで何度も書いていますが、自民党の改憲草案は「国家の暴走を縛り、国民の権利を守る。」という、憲法の最も大事な概念が根底から覆されているという点で、とても容認出来る内容では無い。

三権分立、仰る様に厳格に守られているとは言えませんね。政権寄りの判断としか思えない物が、結構目立つから。其れを何とかする意味で、「最高裁判所の裁判官の国民審査」という制度が存在する訳だけれど、実際には「白紙委任」的な形となってしまっている。裁判官個々の情報に触れ辛い(決して触れられない訳では無いのだけれど。)というのは在るけれど、「適当に書いておけば良いや。」という国民の無責任さも問題。どういう形に変えたとしても、国民個々がもっと政治的に成熟し、自分の頭で検証&判断して行かないと、国は為政者によって都合の良い方向に持って行かれてしまい、気付いた時には雁字搦めになって身動きが取れなくなっている事でしょう。

giants-55さん、おはようございます
コメントありがとうございました。
結局は国民自身の意識の高さ(低さ?)の問題として返ってくるのでしょうね。
奴隷が逃げ出さないよう、目を針でついて盲目にする。あるいは真実を見えなくするという暗喩が「民」という漢字の語源だといいますから、為政者にとって有権者はまさに真実の見えない盲目の庶民、国民であってほしいのでしょう。
国民は民衆のレベル以上の政府を持てない、というのが真理なのでしょうね。

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