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2012年8月15日 (水)

今日は終戦記念日

毎年この時期になると日本のマスコミはこぞって戦争特集を組み、反戦平和を訴えるが、程なくすると何事も無かったかのように、話題に上ることなく忘れ去られてしまうようだ。記念日とはそういうものなのだろう。

亡母は、かつて南洋庁が置かれたパラオ諸島コロール島からの戦時引揚者である。戦局が悪化したなか着の身着のままの引き揚げで、夜間に引き揚げ船団の1隻が米潜水艦の魚雷攻撃で撃沈されるのを目の当たりにした、と言うからまさに命がけの引き揚げだったろう。

その母の南洋での思い出話に暗い話はあまり無かったように記憶している。

第一次大戦で戦勝国となり、手に入れていた植民地南洋諸島。そのひとつコロール島に親戚を頼って渡り、やがて結婚し商売を始め・・・使用人として雇った現地人(彼女は彼らを土人と言っていた)はじめ、島民はみんな日本びいきだったという。

なぜ日本人が好きかというと、かつての占領国のドイツ人は島民を人間扱いしなかったが、日本人が来て親切にしてくれたから、ということらしい。

太平洋戦争が始まり、やがて戦局が悪化し引き揚げざるを得なくなるまでの話である。

20代のころ勤めていた会社に、戦時中兵隊として中国にいたという人がいた。その人の体験談だが、新兵のころ上官から戦場でためらい無く敵を殺せるようにと、中国人捕虜を銃剣で殺すよう命令されたという。命令に背くわけにもいかず、新兵数人で代わる代わる捕虜を突き刺し殺したが、その晩は食事が喉を通らなかったと言っていた。

しかし馴れとは恐ろしいもので、何度かそういう体験があると、麦わら人形でも突き刺すように感覚が麻痺していたという。そうでなければ戦場を生き抜く事は出来なかっただろうと。

どちらも戦争体験者からのナマの体験談のひとつである。

ひと口に戦争とは言っても、戦局優位で身にさほど危険を感じない時、人は相手に対しやさしく鷹揚にもなれるのだろう。しかし一旦戦局不利になり生死の危険と隣り合わせになった時、人はその本性をむき出しにするのだろう。生き残る為には理不尽なことも残酷なことにも手を染めなければならない。気弱で優しい性格では生き残れないのだから。

今日の終戦記念日は、私たち日本人にとっては敗戦記念日と言ったほうが正しいかもしれない。しかし、被害者体験を語っただけでは、戦争の真実を語ったことにはならないだろう。敗者の立場で戦争反対を訴えても、勝者の胸には響かない。大都市への無差別空襲、広島長崎への原爆投下で、多くの非戦闘員の命を奪いながらも、戦争を早期に終結させることで米軍の被害を防ぎ、より多くの日本人の命も救った正当な行為、とする米国の心を揺さぶることは出来ないのだ。

戦争が悪いことだとは誰もが知っている。しかし問題解決の最終手段としての戦争を否定しない人たちもいる。そういう人たちは本気で問題解決しようと努力しているのだろうか。そういう人たちは最終手段に頼るとき、自ら前線で武器を取るのだろうか。

理不尽な誰かの命令で命を奪ったり奪われたりするのが戦争である。もちろんゲームのようにリセットは効かない。

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コメント

書き込み有り難う御座いました。(レスは、当該記事のコメント欄に付けさせて貰いました。)

以前にも書いた事なのですが、「『戦争』とは、多くの人間を殺害する事が評価されるという異常な状況で在り、日常の価値観を100%当て嵌める事が出来ない。」という現実が在ります。日常では優しい人間で在っても、戦争という異常な状況の中では「鬼」と化してしまう者も出る。又、どんな状況で在っても変わらない人も居た事でしょう。異常な状況下で在る以上、“少なくとも”「下で使われていた人間」に関しては、戦地で非道な事をしたとしても、其れが日本人では無く何処の国の人間で在ったとしても、「止むを得ない。」という一面が在ったとも考えています。

唯、どうしても受け容れ難いのは、「自身に都合の良い事だけを取り上げ、不都合な事実は葬り去ろうとする人達。」の事。異常な状況を再び作り上げない為にも、事実は事実として認める事は重要。此れも又、何処の国の人間だろうと同様です。

仮想敵を作り上げ、其れを激しく攻撃するのが“趣味”な人達の多くは、「生意気な事を言うなら、戦争を仕掛けて殺せば良い。」といった実に短絡的な主張をしたりする。そういう人達は「戦争」を「ゲーム感覚」でしか捉えられていないのではないかと懸念しています。良く指摘される様に「ゲーム許りしていると、何事もゲーム感覚で捉える様になってしまう。」というのには疑問を感じるけれど、「現実を知ろうとせず、感覚だけで判断してしまう。」というのが、件の「戦争を仕掛けて殺せば良い。」的な主張をする人達の根底に在るのではないかと。そしてそういう人物達は実際に戦争が起こり、目の前で“生の肉体”が吹き飛ばされたりするのを実際に目にしないと、戦争の本質が判らないのではないでしょうか。そういった連中が自ら武器を持って戦える訳も無く、逃げ隠れするのが関の山ではないかと。

>>giants-55さん
コメントありがとうございます。
戦時中、軍の幹部でもなく軍人ですらない人たちが、お国の為と進んで戦意を煽り、非協力と見るや非国民と罵ったと聞きます。
疑問に思うのは、そうした人たちが本当に国のために戦争遂行が必要と思うなら、なぜ志願してでも前線に行かないのか、なぜ国内に留まって安全なところで騒ぎ立てていたのかということです。

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