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2009年6月

2009年6月28日 (日)

金曜夕方の三日月 2009/6/26

 日食まであと1ヶ月を切りましたが、イベントの名脇役となるお月さんです。京都ではこの三日月よりも細い部分日食が見られるハズ。
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今日の太陽 2009/6/28

 土曜・日曜に青空をバックに太陽を見られるのは奇跡ではないか・・・と思えるような天気が続いていましたが、今日は昼ごろから快晴。沖縄は梅雨明けだそうです。
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2009年6月22日 (月)

出勤前に

 本日は朝から雨・・・。今週は梅雨らしい天気が続くらしい。出勤前に庭の花を撮ってみました。
(2009/6/22)
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2009年6月20日 (土)

臓器移植と脳死と

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 臓器移植に関する法案が衆議院を通過しました。脳死を人の死と認定し、年齢制限を設けず臓器移植に大きく道を開くとされるA案です。臓器移植を待つ人たちにとっては朗報とされる一方で、植物状態の家族を抱える人たちにとっては、法律によって死を宣告されるようでたまらない、と言う抗議も聞こえてきます。
 たくさんのチューブに繋がれ、医療機器という名の機械によって無理やり生かされている命がある一方で、移植手術によって助かるはずの命がその機会を得られず失われていく現実。動植物を含め誰かの命の犠牲の上にしか成り立たない、我々の命の命題がここにもあります。
 今回の件は臓器移植を前提に脳死をどう取り扱うかが焦点であり、また問題点でもあったように思います。しかし本来臓器移植と脳死問題は切り離して、それぞれ十分に議論すべきものではないでしょうか。それを最初から結びつけ、双方にしこりの残るような法律に仕立てるのは、どう考えても無理があるように思います。
 人の死を脳死とするか心臓停止とするかと問われれば、私は脳死を人の死と答えます。二度の脳梗塞により、最後は意識が戻らないまま逝った母を看取り、私自身、先天性心臓疾患の原因部分切除と、腎癌による片方の腎臓摘除という手術を経験していますが、脳にこそ人の本質があり、人格や心といったものの全てがそこにあると思っているからです。脳が死んでしまえば、たとえ心臓が動いていても、それはエンジンがかかったまま運転手のいなくなった、空っぽの自動車のようなもの。
 臓器移植については、移植を急ぐあまり脳死判定が不透明にならないか、臓器ビジネスに道を開くのではないか、そんな疑念があります。移植を待つ人には酷でしょうが、善意のドナーの提供を待つのがベターだと思います。ジャンク品から部品取りして機械の寿命を延ばすような事を、人間に当てはめるのはどうかと思うのです。

2009年6月14日 (日)

ヘルメットを盗られちゃった

 昨日は城陽郵趣会の例会日。いつものようにバイクで出かけ、文化パルクの駐輪場に停めて例会に参加。例会の後、同じ施設内にある図書室にまわって、しばしの読書。で、合計3時間半ほどの後にバイクに戻ると・・・無い! メットが無い! 買い換えたばかりのヘルメットが無い!
 ノーヘルでバイクに乗るわけにもいかず、えっちらおっちら1キロばかりバイクを押して、最寄の交番へ被害届けを出してきました。でも、戻ってこないだろうなぁ。
 人間性悪説をとる割には、日ごろからメットを前カゴやバックミラーにひっかけて、バイクを離れていた私の不注意でございます。盗られた腹立ちよりも、情けない。

今日の太陽 2009/6/14

 梅雨の晴れ間・・・とは言ってもほとんど曇り空でしたが、今日は確かに晴れ。今日はプロミネンスとプラージュが接近して出ていました。
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2009年6月13日 (土)

アニメの殿堂はいらない

 わが団塊の世代は「少年マガジン」「少年サンデー」の創刊を小学生のころに迎え、漫画と共に育った世代だ。一世代、二世代上と比べ漫画やアニメに対する親近感は強いと思う。そんな世代の一人だが、麻生政権が造ろうとしている「アニメの殿堂」は要らない。
 すでに京都には市と京都精華大学が運営する「国際漫画ミュージアム」があり、世界に向けて情報を発信するなど一定の成果を挙げている。、全国各地にも規模は小さくても同様の施設はあるだろう。
 ワーキングプアが急増している昨今、そこに対する対策をなおざりにしながら、なぜ国家予算を組んで税金を使ってまで、国営の漫画ミュージアムを造る必要があるのか。
 真っ先に思い浮かぶのは、政治家のハコモノ好き。ハコモノを造れば建設業界が潤い、見返り献金が期待できるのだろう。政治家の実績としても形あるものが残る。そして、官僚にとっては格好の天下り先が増えるというもの。
 漫画、アニメはこの歳になっても好きだが、こんなハコモノはイ・ラ・ナ・イ!Image1

2009年6月10日 (水)

出勤前に

 今日は朝から小雨がぱらつく天気。朝の犬の散歩の後、家の周りの花を撮ってから出勤です。
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2009年6月 7日 (日)

今日の太陽 2009/6/7

 今日も太陽が安定して観望出来たのは、午後3時過ぎから。[A]は眼視ですぐ目に付いたちっちゃなプロミネンス。[B]は光球面で目立った明るい部分。でも黒点らしいものは見当たらないので、プラージュではなさそうです。
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2009年6月 6日 (土)

足利事件で

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 裁判員制度スタート直後の足利事件の再審無罪確実のニュース。改めて人が人を裁くことの難しさを世間に突きつけた格好です。この事件でのせめてもの救いは、確定判決が死刑ではなく無期懲役だったこと。もし死刑判決が出て、しかも執行されていたら・・・。また、今回東京高裁が先の確定判決にとらわれず、DNA再鑑定を行ったことです。再審請求を門前払いした宇都宮地裁と同じ判断を繰り返していたら・・・。
 国民の7割近くが死刑制度を容認しているとされていますが、その根拠は何でしょうか。捜査の専門家と法律の専門家が判断を下したのだから間違いない、と本気で信じているのでしょうか。被害者に同情する余り、そして自分が被害者になった場合を想像して、極刑は必要と信じているのでしょうか。ある日突然自分や自分の家族が、身に覚えの無いことで犯罪者にされてしまうということは考えないのでしょうか。
 足利事件では、最高裁で争っているとき、弁護団が大学病院に独自に最新のDNA鑑定を依頼したそうです。そのときの大学側の反応は、警察の科捜研が鑑定したものを何でいまさら再鑑定する必要があるのか、というものだったそうです。科捜研の鑑定から10年も経ち、技術が格段に進歩しているなら、本物の科学者なら、最新の技術で検証してみたいという好奇心を持って当然なのに。
 このときの鑑定では科捜研の鑑定とは違う結果が出ましたが、最高裁はこれを認めず無期懲役が確定しています。
 科学者も、法律の専門家も、思い込みに囚われ、自らの目と手で検証しようとする姿勢が無ければ、私たち素人となんら変わりありません。むしろ専門家や権威といった衣をまとっているだけに余計始末が悪いといえるでしょう。
 他の刑罰と違い、死刑はいったん執行されてしまえば、後で事実が変わっても取り返しがつきません。(無期懲役も含めて)有期刑が犯罪者の更生を期待しての拘束罰で、死刑は犯罪者の更生を期待しない罰とするなら、死刑に代わる終身刑ではなぜいけないのでしょうか。
 私はこれまでも死刑制度には反対を表明してきましたが、今回のような冤罪事件が後を絶たず、また昨今よくある、死刑になることを望んで殺人を犯す事犯が出てくると、死刑という罰が無意味で、かつ極めて危ういと強く感じてしまいます。

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